ニコラ・テスラ物語(1)家族編

02.082015

この記事は4分で読めます

50416bc72f01ef3c8697eae64c67635c_m

ニコラ・テスラ

1856年7月、

今のクロアチア、

当時はオーストリア・ハンガリー

スミリャンという小さな村で生まれました。

天才の生誕!

 

テスラの父は?

哲学や詩作にも堪能な教養豊かな司祭

お父さんの紹介・・・短!

 

テスラの母は?

母は字の読み書きもできないほど無学

でしたが驚異的な記憶力を持ち、

無学って・・・

 

聖書の一節を聞くだけで

丸暗記したりするなどあらゆる面で特異な才を発揮しました。

すごいですね!

 

テスラは特にこの母の形質を受け継いでか、

超人的な記憶力のほか、

うらやましい・・・

 

頭の中でイメージしたことが

あたかも実在するかのように目の前に現れ、

思考の現実化!

 

本人にもそれが現実のものなのか

自分のイメージが作り出した幻影なのか

区別ができなかったといいます。

ん!?テスラはどこにいってしまった??

 

テスラは小さいころ

この能力をもっていることを悩みましたが、

母に「それはすばらしいことなのよ」

と励まされて誇りを持てるようになったそうです。
お母さん・・・前向き!素敵!

  

テスラの兄

テスラには、7つ年上の兄がいました。

へえええ〜〜!

 

この兄ダーネはテスラの回想によれば

テスラをはるかに上回る神童で、

さまざまな予言などを残したといいます。

やばいですね!!

 

テスラは、

「もしこの兄が成人していたら、

自分の生涯に残した業績などすべて霞んでしまうだろう」

と言っています。

人類の進歩が遅れてしまったのかも!?

 

しかしダーネは詳細は今もって不明ですが12歳のときに亡くなり、

悲しむ両親の姿を見て、テスラは死んだ兄の分も自分ががんばって、

両親の期待にこたえなければならないと決意したそうです。
テスラにもきっかけがあったのですね。

 

少年時代のテスラ

好奇心旺盛でまた創意工夫にも長けた活発な少年でした。

環境がよかったのかな?

 

5歳の時には独力で水車を製作し、

川に浮かべて日がな眺めていたそうです。

5歳で水車!凄い!

 

この水車の発想は、

後にナイアガラ瀑布に水車を建設して発電する

というアイデアにつながっていくことになります。

幼少期からきちんと積み重ねていた!

 

また独自のカエル釣り法を編み出し、

村の子供がみんなこれを真似したために、

村のカエルが十分の一に減ってしまったそうです。

カエル釣って何かに使ったのかな??

 

またテスラが改良を加えた空気鉄砲は破壊力抜群で、

窓ガラスが割れる家が続出したために、

テスラは大目玉を食らったそうです。

まるでドラえもんですね〜

 

またこのころ、テスラは空を飛ぼうとし、

屋根から傘ひとつで飛び立ち、当然飛べるわけもなく、

全治一ヵ月半の大怪我をしました。

うんうん・・・こういう子供いますよね

 

9歳の時には昆虫力モーターを発明し、

これは羽根にくっつけた虫が羽ばたく力で、

回転力を得るという画期的なものでしたが、

イメージが湧かないですが、気になりますね。

 

これを友達に自慢したところ、

友達が虫をみんな食べてしまったので、

テスラは怒ってこの少年をどこまでも追い掛け回したそうです。

そんなにたくさん虫を食べたの???

 

高校時代のテスラ

学校でもテスラはその才をいかんなく発揮しました。

IQが高い天才児!?

 

苦手だった図画の科目以外は

全てトップクラスの成績

苦手科目があってくれてなんか安心。

 

特に数学においては、

先ほど説明したイメージ能力を駆使して、

問題が与えられた瞬間には答えを見つけ出していました。

答えを透視?途中計算は?

 

15歳のときほぼ大学に相当する

実科高等ギムナジウムに進学し、

四年のコースを三年で卒業します。

飛び級!?

 

このとき電気について学び、

いたく感動したテスラは、

以後の人生を電気の研究にささげる決意を固めます。

電気の何に感動したのでしょう?

 

実家に帰って電気技術者になりたいと告げると、両親は猛反対します。

ありゃ!?なんで??

 

技術者になるためには

今以上の勉強が必要になると考えた両親は、

テスラのもともと弱い体を気遣ったのです。

親心もわからなくはないですが・・・

 

失意のテスラは、

追い討ちをかけるように当時流行していたコレラに感染し、

あっという間に末期症状に陥り、

医者もさじを投げるまでになります。

病は気から・・・免疫力が下がったのかな?

 

いよいよ最期かと思われた瞬間、

父親が枕元で

「テスラ、お前は死んではいかん。戻ってきて立派な技術者になるんだ」

と電気の道に進むことを認めてくれたのを聞き、

テスラは奇跡的な回復を遂げます。

自分の道を認めてもらえたら嬉しいですよね!!

 

しかし健康になったテスラを待っていたのは、

国境地帯の若者にはつきものの兵役でした。

人生の壁が幾度も立ちはだかる!

 

兵役などについては

電気の勉強ができなくなると考えたテスラは、

この兵役を拒否し、山にこもって逃亡する道を選びます。

それで逃げれるんだ〜

  
半年ほどの潜伏期間のあいだに

両親が関係者に根回ししてくれ、

テスラは戻ってくることができました。

両親がんばった!

 

 

大学時代のテスラ

そして1875年、

オーストリアのグラーツ工科大学に入学します。

さあ、電気の勉強だ!!

 

テスラはここでも抜群の才を見せ、

選択した科目全てで最高点をたたき出します。

やはり、天才!

 

このとき、授業中に直流モーターを見たテスラは、

交流電源を直流に直すために生じる膨大なロスをみて、

モーターも交流で回せばよいという発想を得ました。

交流の発想は大学時代だったんだ〜

 

そんな充実した学生生活を送っていたテスラですが、

学費を稼ぐために手を出したギャンブルをとがめられ、

市外追放処分を受けます。

おっ!意外とやんちゃ!

 

当然大学も追い出されたテスラは、

プラハ大学に入って勉強したことになっていますが、

どこにもそうした公式記録は残っていません。

もう彼にクールな印象はないな!

 

おそらく勝手にもぐりこんで

聴講したものと現在では考えられています。

なんとかして学びたかったんですね。

efb705f6b317e00640aa27f39a270f01_m

 

参考サイト

http://socyo.high.hokudai.ac.jp/LSci07/Tesla.htm

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

電気管理人 安田浩則

安田浩則 


東日本大震災をきっかけに
電気の世界に導かれて

【電気管理を本業とする者】

になりフリーエネルギーを用いて
電気の自給自足を目指しています。

 →安田浩則のプロフィールはこちら