人生の種が芽吹く時・・・きっかけは悲しく辛い時かもしれない 前編

06.262015

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自分は何のために生きているんだろうか・・・

何がきっかけで現在に至っているんだろうか・・・

今後の進む道は・・・

 

まだまだ全然見えていません。

 

 

きっかけは東日本の大震災と津波と原発の爆発だ

あれがなければ

きっと違っていただろう

 

無理やり自分を抑えてきて

強引に3・11をきっかけとして

揺り戻してくれたのかもしれない

 

 

僕は学校社会に適合しなかった・・・

 

最終的には大学を出たが、

学生時代の記憶がとんと薄い

 

なぜなら周りに合わせながら生きていたからだ

 

全然、自分を生きていなかった

 

外面をある程度良くして

問題が起きないように

波風が立たないように生きていた。

 

でも、それが当時は普通だった。

 

でも、

 

高校1年生の冬にはじめてアルバイトをはじめた。

 

そこで、感じた。

 

ああ・・・ここは・・・楽しい!!

 

何が楽しいのか・・・

 

集団での番号制ではなく

 

個人の名前・人格があった。

 

働いてお金をもらうことよりも

 

個人として戦力として

 

頼られたことが1番の快感だった。

 

はまった。

 

楽しくて毎日通った。

 

休みの日も行った。

 

高校生1年

仕事もたいしてできない

 

時給も安い

 

でも、学校が終わると毎日そこにいた。

 

高校時代はほとんどバイトに明け暮れた

 

比例するように

学校の成績が落ちた。

 

高校3年生の夏

受験を控えて勉強に集中するようにと

親からバイトのストップの指令がきた。

 

泣いた・・・

辞めたくなくて

一人で部屋で泣いた

 

結局、バイトは辞めた

 

また、機械に戻った感じだ

 

虚無感がハンパナイ・・・

 

大学には無事に合格した。

 

しかし、大学生活も結局面白くない。

 

自分がいても、いなくても授業は・・・ススム

 

そんな受け身の精神でまともに卒業できるはずもなく

 

結局、大学は2年留年した。

 

親には申し訳ないと思った。

 

大学に入ってしばらくして、

高校時代のバイト先に戻った。

 

人は少し変わっていたが

楽しく働けることは変わっていなかった。

 

その後、いくつかバイトをすることになる

 

本業がアルバイト

副業が大学生

 

完全に本末転倒だった。

 

しかし、就職活動の時期はやってくる

 

その辺の社会の歯車から離れないところは

自分の勇気の無いところなんだろうと思う。

 

今思えば、就職以外にも選択肢もあっただろうに・・・

 

しかし、当時は見えなかった。

 

大学を卒業したら就職をするという

世間の当たり前を

自分も当たり前としていた。

 

続く

 

中編 http://laurentiangoldfields.com/archives/473 

後編 http://laurentiangoldfields.com/archives/475

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コメント

電気管理人 安田浩則

安田浩則 


東日本大震災をきっかけに
電気の世界に導かれて

【電気管理を本業とする者】

になりフリーエネルギーを用いて
電気の自給自足を目指しています。

 →安田浩則のプロフィールはこちら