革命家になっていた・・・②

06.282017

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前回の「稼がない自由」ということからいきます。

 

これは「生きる」と「不安」が大きな要素です。

 

私個人のお話ですが、以前はサラリーマンという企業戦士でした。

 

毎月、所定のお仕事が与えられて毎月決まった時期にほぼ決まったお給料をいただいていました。

 

それで、10年間生活できていましたので、そのことにはとても感謝しています。

 

しかし、東日本大震災で大きな「不安」がやってきました。

 

福島県で被災+妻は妊娠3ヶ月の重いつわり

 

高速道路は使えない

 

水は出ない

 

物資はない。

 

ガソリンもない。

 

同僚は亡くなった。

 

・・・

 

・・・

 

財布の中にお札はありました。

 

・・・

 

が・・・

 

購入できる物資はない。

 

・・・

 

こんな状況に至って、やっとわかったんです。

 

「あ〜〜お金は食べれない」と。

 

これが私の気付きです。

 

私は世の中の段階は大きく4段階あると思ってます。

 

①知る(気付く)

②言う

③やる

④できる

 

です。

 

 

私は震災の経験から

 

「何かしら理由があって生かされたのではないか?」

 

と、思うようになりました。

 

その理由はよくわからないけど、

死んだ同僚の分まで

できる限り

「生きよう」

そう考えました。

 

その後、

原発爆発の影響も懸念して

会社を辞め

福島を離れました。

 

つまり、瞬間的にですが

「無職」「無収入」「家族あり」

という状態になりました。

 

このままだと「不安」ですよね。

 

ですが・・・

 

不安をひっくり返すと「安心」になるんです。

 

それまでの私は

 

依存率100%

自給率0%

 

です。(自慢にもなりませんが・・・)

 

それが「震災経験」によって意識が変わり行動が変わりました。

 

節約も考えましたが、根本は「自給自足」!

これが一番自分にとってしっくりきました。

 

自給率100%になったらそうとう安心であると感じました。

 

なので、まずはソーラー発電と家庭菜園をはじめてみました。

 

小さくです。

 

少しです。

 

そしたら、少しできました。

 

同時に大きな安心感を得ました。

 

たかだか、自給率をほんの数%上げただけです。

 

つまり

 

今まではお金で安心を手に入れていたんです。

 

お金がないと安心が手に入らないと

錯覚していたんです。

 

だから、収入や貯蓄などが

 

将来の不安に繋がっていたんです。

 

 

 

もうちょっとで稼がない自由に行き着きます。

 

また次回もお付き合いください。

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電気管理人 安田浩則

安田浩則 


東日本大震災をきっかけに
電気の世界に導かれて

【電気管理を本業とする者】

になりフリーエネルギーを用いて
電気の自給自足を目指しています。

 →安田浩則のプロフィールはこちら